令和6年1月1日の能登半島地震は、住む人の暮らしだけでなく、景勝地として知られる能登半島の景色も一変させました。被災にまけず立ち上がる人々によって、美しく豊かな自然とともにあった能登の風景や暮らしも、一歩一歩復興に向けて進んでいます。
(右)堂々と進む軍艦のような姿。震災前の見附島(左)崩落の跡が生々しく残る、震災後の見附島
珠洲市
みつけじま
迫りくる軍艦を思わせる姿から別名「軍艦島」とよばれた見附島。高さ28m、全長158mのユニークな外観で奥能登のシンボルとして親しまれていたが、震災で約半分が崩落し、迫力ある姿が失われてしまった。見附島を望む見付海岸は、晴れた日には立山連峰を遠望する景勝地。変わり果てたふるさとの風景は地元の人々を落胆させたが、復興とともに新たな名所となる日が来るはずだ。
能登半島の最先端に立つ。海面からの高さは約48m
珠洲市
ろっこうさきとうだい
震源地に近い禄剛埼灯台は、明治時代に建造された貴重な灯台。「日本の灯台50選」や「近代化産業遺産」に選ばれたほか、海から昇る朝日と海に沈む夕日が見られるロマンチックなスポットとして「恋する灯台」にも認定された。今回の震災では140年にわたって使われてきたレンズの損傷で光量が減少したものの、白亜の外観に大きな被害はなく、静かに海を照らし続けている。
全長1050mの能登島大橋で島へ渡ることができる。島に渡る2本の橋の1つツインブリッジのとは2024年7月現在通行不可
七尾市
のとじまおおはし
七尾湾に浮かぶ能登島は人口約2500人の小さな島。和倉温泉とつながる「能登島大橋」、島の西に架かる「ツインブリッジのと」の2本の橋で結ばれており、2024年7月現在は能登島大橋のみ通行可能となっている。能登島ガラス工房は営業を再開し、のとじま水族館は夏休み前に一部営業再開。島内の飲食店や温泉施設などは営業を再開しており、賑わいを取り戻す日を待ち望んでいる。
修復が終わった田んぼのみ田植えが行われた。無数の地割れが白米千枚田を覆い尽くす
輪島市
しろよねせんまいだ
能登の里山を象徴する風景として知られた白米千枚田も、地すべりやひび割れ、水路の損傷など大きな被害を受けた。斜面に連なる1004枚もの棚田には機械が入らないため、手作業で米作りが行われてきた。今回の復旧も主に手作業で行われる見通しだ。こうした中、5月には修復を終えた約120枚の田んぼで田植えが実施され、棚田復興の第一歩に。9月には稲刈りが予定されている。
福寿司の地物海鮮能登丼3450円
輪島市・珠洲市・能登町・穴水町
のとどん
今回の地震で被害が大きかった奥能登のご当地グルメ「能登丼」。地元食材を生かした海鮮丼や能登牛丼などを、約40店舗で提供してきたが多くの店舗が被災。しかし、インフラの復旧とともに一店また一店と営業を再開。2007年能登半島地震からの復興を旗印にスタートした能登丼が、今回も奥能登の再起を後押しする。
2024年3月26日、総湯再開は地域住民の希望の光となった
七尾市
わくらおんせんそうゆ
能登随一の温泉地、和倉温泉にも震災は大きな爪あとを残し、全旅館が休業に追い込まれた。和倉温泉再建の先駆けとして営業を再開したのが共同浴場の総湯。再び立ち上った湯けむりは、客を呼び戻す第一歩となった。温泉街では賑わい創生として和倉温泉屋台村を2024年10月末まで実施。その後は仮設商店街をオープンする動きも。
JR和倉温泉駅から北鉄能登バス和倉温泉行きで5分、和倉温泉下車すぐ
七尾市和倉町ワ6-2
入浴490円
7~21時
毎月25日(土・日曜の場合は翌月曜)
60台
全長13mのイカキングはほぼ無傷だった
能登町
いかのえきつくもーる
巨大なイカのモニュメント、イカキングで話題となった観光交流施設。津波の浸水被害で休業を余儀なくされたが、2024年4月上旬に営業を再開した。繊維強化プラスチック製のイカキングは津波に耐え、地元の人々の心の支えに。当面は奥能登の特産品を販売するみやげコーナーとカフェのみ短縮営業を行う。
2024年3月に金沢で行われた出張朝市は大賑わい
輪島市
わじまあさいち
大規模火災で大きな被害を受けた輪島朝市。復興の目途が立たない中、1200年続く伝統を絶やすまいと、金沢や全国各地で「出張輪島朝市」を開いている。金沢市内に設けた仮設加工場では被災した組合員たちが干物作りなどを行っており、朝市さながらの対面販売もスタート。オンラインショップも開設予定。
(輪島朝市組合臨時連絡先)
●輪島朝市 仮設加工場(石川県漁業協同組合 金沢支所)
JR金沢駅から徒歩7分、バス停中橋から北鉄バス大野港行きで20分、金石下車、徒歩5分
金沢市金石西1-1-12
9~16時
水・土・日曜
石川県漁業協同組合 金沢支所利用
焼失をまぬがれたグレートマジンガー。輪島塗の技術を結集させた輪島塗大型地球儀
輪島市では、地震に耐えた2つのシンボルが話題に。石川県輪島漆芸美術館では輪島塗大型地球儀が無傷で残った。約5年の歳月をかけて制作した大作で、輪島の希望の光となっている。朝市通りにあった永井豪記念館では、全焼した建物の中からグレートマジンガーのフィギュアが現存しているのが見つかり、2024年7月現在は八重洲いしかわテラスに展示されている。
(左上)白藤酒造店から4000リットルのもろみを運び出した(右上)多くの人の思いがこもった酒が完成(下)中島酒造店と東酒造のダブル杜氏で醸造を行った
被災した酒蔵への支援の輪が広がっている。輪島市の白藤酒造店では、東北から駆け付けた鈴木酒造店と高橋庄作酒造店が蔵からもろみを救出。石川県羽咋市の御祖酒造が上槽を代行した。蔵が倒壊した中島酒造店の支援を申し出たのは石川県小松市の東酒造。がれきから運び出した酒米を受け入れ、自社設備での酒造りを支えた。