
言わずと知れた名古屋のシンボル。現在、天守閣に上ることはできないが、完成公開された本丸御殿や、名物グルメが集まる金シャチ横丁など、ぜひ訪れたいスポットばかりだ。

なごやじょう
関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、慶長14年(1609)に豊臣方への備えとして築城を決定。翌年、家康は加藤清正、福島正則ら西国大名に工事を命じた。尾張初代藩主として家康の九男・義直が入城し、以降、尾張徳川家の居城として栄えた。今では名古屋のシンボルとして親しまれている。
地下鉄名城線名古屋城駅7番出口から徒歩5分(東門)
名古屋市中区本丸1-1
観覧料500円 ※2026年10月1日より1000円(中学生以下は無料)
9時~16時30分(本丸御殿・西の丸御蔵城宝館入場は~16時)※天守閣は閉館中
12月29日~1月1日(催事などにより変動あり)
正門前308台、二の丸東123台(30分180円)※2026年6月1日より30分250円

東門と正門で手続きをすれば、城内と城外を行き来することができる。金シャチ横丁を利用するときなどに便利。
名古屋や名古屋城のことをよく知るガイドと城内をまわれる。詳細は名古屋城公式HPで確認しておこう。
参加無料
名古屋城で会える!
なごやおもてなしぶしょうたい
名古屋城ゆかりの戦国武将を中心に10人で結成。毎日数人が城内に登場し、記念撮影などのおもてなしを行っている。土・日曜、祝日に実施する”おもてなし演武“は、迫力ある殺陣やダンスが大好評!

Ⓒ2009 Nagoya Omotenashi Busho-Tai Secretariat

てんしゅかく
昭和20年(1945)、空襲で全焼し、同34年(1959)に鉄骨鉄筋コンクリート造りにて再建。現在は内部公開されていない。

はふ
三角の屋根を破風といい、入母屋破風、軒唐破風、千鳥破風など22の破風があるのも特徴。

いしおとし
天守閣や櫓の張り出した部分に注目。ここから石垣を登ってくる敵兵へ向けて石を落とす。
きんのしゃちほこ
胴体は魚のようだが、頭は虎という想像上の生き物。高さ約2.6mあり、慶長大判1940枚分の金板で全身が覆われている。当時の徳川家の権力と財力の大きさを象徴している。

天守北側がオス(右)、南側がメス(左)


ほんまるごてん
戦災で焼失したが平成21年(2009)に復元着工し、最初に玄関・表書院、次に対面所・下御膳所が公開。上洛殿などが平成30年(2018)6月に完成し、公開された。
じょうらくでん
寛永11年(1634)の3代将軍・家光の上洛に合わせ増築。家光の御座所となった上段之間、一之間、二之間などが並ぶ。

たいめんじょ
藩主が身内や家臣との私的な対面や宴席に用いた殿舎。上段之間、次之間、納戸一之間、納戸二之間の4部屋で構成。



めいしょうにのまるていえん
元和年間 (1615~24 )、二之丸御殿の建築に伴い、御殿の北側に設けられた和風回遊式の庭。築山は高く険しく、谷は深く複雑に大樹を茂らせた城郭庭園の典型。


きよまさこういしびきのぞう
天守の石垣工事をした加藤清正の像。巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられている。


きよまさいし
本丸東一之門の枡型石垣の中にあり、横5.75m×縦2. 54m、8畳敷きの大きさの巨石。加藤清正が運んだと伝えられているが、この石垣の丁場は黒田長政なので単に伝説とも。


とうなんすみやぐら
本丸の東南隅にあり、名古屋城創建当時の建造物で、重要文化財。辰巳櫓ともよばれ、構造は外観が2層屋根、内部は3階である。


せいほくすみやぐら
清須櫓とも戌亥櫓ともよばれ、重要文化財。元和5年(1619)、清須城ゆかりの古材などを転用したとされ、北・西面に千鳥破風が見られる。


おもてにのもん
名古屋城創建当時の建造物で、重要文化財。江戸時代には南二之門とよばれ、本丸の南端にあたり、元の姿をよく残している。


せいもん
明治43年(1910)、旧江戸城蓮池御門を移築。国宝に指定されたが、戦災で焼失。昭和34年(1959)、鉄筋コンクリート造りで再建された。


5個入り400円
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名古屋城が所蔵する国の重要文化財「名古屋城本丸御殿障壁画」などを展示するほか、企画展も開催。「歴史情報ルーム」では名古屋城の歴史について紹 介している。【時間】9時~16時入館

名古屋城の歴史を学べば城内巡りがより楽しめる

ミュージアムショップ三番御蔵ではオリジナルグッ ズも販売