
旧市街を取り囲み、現在は1周約2kmの遊歩道として整備される城壁。歩けば街の全体像を掴め、地上からは見られない名風景に出合えるはず。

Gradske zidine
8世紀ごろに建造され、増改築を重ね16世紀には現在の姿に。難攻不落の要塞や見張り塔が点在し、最高地点は25mに達する。ドゥブロヴニク屈指の展望スポットとして知られる。
€40(冬期は€15、ドゥブロヴニク・パスで無料)
8時~19時30分(4月・9月上旬~中旬は~18時30分、5月・8月上旬~下旬は~19時、9月中旬~下旬は~18時、10月上旬~中旬は~17時30分、10月中旬~下旬は~17時、11~3月は9~15時)
なし

ピレ門をくぐって左手の城壁入口から歩き始めるのがおすすめ。反時計回りの一方通行で、一度退場すると再入場不可。
ミンチェタ要塞からの眺めを優先するなら、順光になる午後がベスト。一方、夏場は午前のほうが気持ちよく回れる。
夏期のみ営業するカフェや売店もあるが、割高なので事前に準備して。トイレも混雑するため事前に済ませておこう。
値が張るが、城壁を歩くなら元がとれるので買って損はない。ただし、有効期間中に一度しか利用できないので要注意。
時間や体力が不安なら、半周歩くのも手。プロチェ門側から上りピレ門側まで30分ほど。みどころが凝縮されている。

1991年12月6日。旧ユーゴ連邦軍により突然2000発もの砲弾が浴びせられ、多くの建物が倒壊した。数年がかりで街は復興を遂げたが、城壁の上から見ると屋根瓦の色が違うことに気付くはず。色鮮やかな瓦は砲撃後に修復されたもの。写真の右側が昔ながらの屋根瓦。

1667年4月6日、繁栄するドゥブロヴニクを地震が襲う。街は壊滅的な打撃を受け、5000人を超す市民が瓦礫の犠牲に。火は数日間燃え続けた。後に多くのゴシック・ルネッサンス様式の建物がバロック様式で再建され街の様相は一変したが、城壁だけはほぼ被害がなかったという。資料でフランシスコ会修道院に残る震災前の城壁と街並みが分かる。


ピレ門横の階段を上り最初に出合う景色。オノフリオの大噴水が見え、プラツァ通りの奥にルジャ広場や鐘楼を遠望できる。上から見ると建物の全貌がわかる。

旧市街に入る門の中では最も高所にある。ここから見下ろす路地も情緒がある。

外門と内門の2つからなる。レヴェリン要塞に接する外門は15世紀のもの。写真は15世紀に架けられた外門に通ずる石橋。

スルジ山が目の前に。連なる民家から世界遺産の街に住む人々の生活も垣間見える。街と自然のコントラストが映える。


城壁上にはいくつもの砦があり、聖人の名前が付いている。砦の向こうにアドリア海が広がる絵になる風景で、ひと休みにもちょうどいい。周囲には城壁グッズを扱うみやげ屋も(写真下)。

城壁の南面は海に落ちる絶壁。わずかなスペースに張り付くように、2カ所の公共ビーチが設置されている。夏は海水浴客で大いににぎわう。

旧市街の東に位置し、かつては多くの交易船が行き交いにぎわった。検疫を示すラテン語の語源となった旧検疫所跡も見える。

Dubravka 1836
ピレ門前の城壁外にあり、散策後の休憩にぴったり。ピレ門や2つの要塞を間近に望む海に面したテラスは特等席。とりわけシーフード料理が充実している。アドリア海名物のタコとオリーブのサラダ€15.40(写真上)。城壁を背景に撮影できるテラス席(写真下)。


5つの要塞があり、うちミンチェタ、ボカール、聖イヴァンの3カ所は城壁の一部。城壁内で一、二を争う絶好の撮影スポットになっている。

1319年に建造され、15世紀にフィレンツェの建築家バルトロメオにより再建された。最高地点にあり、きつい上りの後は街を一望する絶景が待っている。1463年に完成した城壁の代表格(写真下)。

海に突き出すように立ち、街の西の入口であるピレ門を守った。現在は夏の祭典会場にも使われる。対岸を守るロヴリイェナツ要塞(写真上)。対岸から見たボカール要塞(写真下)。

14世紀半ばに建てられ、16世紀には現在の姿になった。海に面した部分は丸く、旧港側は垂直の壁面になっている。旧港を守るように立つ大きな要塞。