日本に香がもたらされたのは1400年以上も前のこと。その後、日本では、独自の香の文化が発展し、現代へと継承されています。京都の香木専門店や香の店を訪ねて和の香に親しんでみませんか。
▶︎JR京都駅へのアクセス
JR東京駅から東海道新幹線のぞみで約2時間15分、京都駅下車
1 鴨川が流れる川端通沿いにある和菓子店・甘春堂本店でおみやげ探し 2 享保年間に創業、「日本の香文化」を現代に伝える山田松香木店 京都本店 3 山田松香木店 京都本店の平安貴族の装束がモチーフの匂袋・紅葉賀(写真手前)、花宴(写真奥) 4 雲上茶寮で味わえる『源氏物語』をイメージした抹茶チーズケーキ・雲隠 5 山田松香木店 京都本店で聞香を体験。聞香炉の中の灰を整え、香木の香りを楽しむ
日本の香について興味がわき、京都の香木専門店や香の店を訪ねる旅に出かけた。京都御所の近くに店を構える山田松香木店 京都本店は江戸時代の享保年間創業の老舗。こちらでは事前に予約をしておくと、聞香の実践体験に参加することができるという。
聞香とは、伽羅や沈香など「樹木の宝石」ともよばれる貴重な香木を手のひらにのる小さな香炉でたき、香りを鑑賞するもの。
月に1回行われる聞香の実践体験では、聞香の香炉の整え方やたき方について実際に道具を使って行い、6種の香木の中から伽羅ともう1種を選び、香りを楽しむことができる。
JR京都駅から地下鉄に乗り、丸太町駅で下りて烏丸通を北へ歩き、京都御所の西に進むと、黄色い暖簾がひときわ目立つ店が見えてくる。店に入ると、聞香を教えてくれる安里菜絵さんが笑顔で迎えてくれた。
体験室は店の地下にあり、椅子席に座っての体験なので堅苦しくなく、普段着の気軽な服装で参加ができる。席に着くと、金色の紙に包まれた道具が用意されていて、灰の中に火を熾した炭を埋め込んだ小さな聞香炉が運ばれてきた。
実践体験では、安里さんが丁寧に香炉の整え方を教えてくれる。左手で香炉を持ち、灰を火箸で中央に寄せ、灰押で整えていくうちに、段々、気持ちが落ち着き、穏やかに整ってくるようで、不思議だ。
香木を銀葉の上にのせて準備ができたら、いざ、香りを聞いてみることにする。
「香をたいて香りを鑑賞することを嗅ぐとは言わず、聞くと表現します。聞くという言葉には静かに心を傾けて、香りをゆっくりと味わうという意味が込められています」と安里さん。
聞香炉を左の手のひらにのせて親指でしっかり支え、お茶を飲むときの作法のように正面を少しずらすように回し、右手で蓋をするようにそっと被せる。鼻を近づけ、静かに息を吸い込んでみる。強くはないけれど、ほのかに甘い香りがする。最初に聞いた香は、伽羅という香木。次は、真南蛮という香木を聞いた。こちらの香木は甘みに加えて少し酸味のある香りがするようだった。
山田松香木店 京都本店では源氏香の体験もできるという。源氏香とは5つの香木の香りを聞いて、その異同を当てるもの。ゲーム性もあって、楽しそう。ひとりでも参加できるので、ぜひ次回はそちらも体験してみたいと思った。
山田松香木店 京都本店の聞香実践体験に参加して、香木のたき方を学んだ。終始和やかな雰囲気で体験ができた
聞香実践体験で用意されるのは六国(りっこく)といわれる6種の香木。この中から伽羅(きゃら)ともう1種の香りを選ぶ
山田松香木店 京都本店
安里菜絵(あんりなえ)さん
山田松香木店 京都本店で体験スタッフとして勤務。20年以上聞香に関わっている
1 香木(こうぼく)2 銀葉(ぎんよう。香を焦がさないように使う)3 火箸(ひばし)4 灰押(はいおさえ。灰を押さえる)5 聞香炉(ききごうろ)6 香炭団(こうたどん。香炉の灰の中に埋めて香木を加熱する)
香炭団を灰の中に埋めた聞香炉を回転させながら、火箸で灰を中心に向けてかき上げて灰山を作る
灰押を手に取り、聞香炉を回転させながら、灰山が円錐形になるように軽く押さえて整えていく
灰山の頂点から香炭団に当たるまで火箸を挿して火窓を作る。香炭団の熱が香木に伝わる
銀葉の端を、銀葉挟(ぎんようばさみ)ではさんで、水平になるように火窓の上に静かにそっとのせる
香木を包んだ和紙を左手にのせて丁寧に開き、香木を香匙(こうさじ)で静かにすくう
聞香炉の灰山の上の銀葉に香匙ですくった香木をのせる。これで聞香の準備は完了
聞香炉を左の手のひらにのせ、左親指を香炉の縁にかけてしっかりと持つ。右手の親指を手前の縁に沿わせ、ほかの指は揃えて聞香炉を覆うように被せる
右手の親指と人差指の間に、そっと鼻を近づけて香りを聞く。息をはくときは聞香炉にかからないよう下座の方へ
※手順は体験の一例です
聞香の体験を終え、階段を上がって1階へ。壁面いっぱいに広がる薬棚は、漢方薬の材料などを扱う薬種業として創業した山田松香木店の歴史を伝える貴重な棚。引き出しにはさまざまな香木などが入っていて、その数400以上もあり、壮観だ。店内には聞香の道具のほか、匂袋や線香、『源氏物語』にちなんだ香製品が揃う。
さて次は、賑やかな烏丸通を南へ歩いて、香老舗 松栄堂京都本店に隣接する薫習館へ。1階は日本の香り文化の情報発信拠点になっていて入場無料で見学ができる。「Koh-labo香りのさんぽ」は、さまざまな香りにふれることができる展示スペース。白いボックスを頭からすっぽりかぶって線香や練香、香木の香りを楽しむ「かおりBOX」や、ポンプを押して乳香など香の原料の匂いを体験できる「香りの柱」、巨大で貴重な「白檀の大木」などの展示があり、香りの原材料や香木、線香の製造方法や歴史について、幅広く学ぶことができる。「幅広い世代の方々が、ここで香りと出合い、楽しんでもらえるきっかけになればうれしいです」と松栄堂企画事業部・薫習館チーフマネジャーの寺本茂正さん。薫習館では、立礼席(テーブル席)で毎月1回程度、「聞香を楽しむ会」などが開かれているので、予約して参加するのもいい。
香老舗 松栄堂は約300年ほど前の江戸時代に京都で創業した香の専門店。薫習館と通路で結ばれている京都本店にはさまざまな香製品が並んでいた。取材時は線香を選ぶ人々で賑わっていた。旅の記念に『源氏物語』にちなんだ線香のシリーズを買い求めた。
日本の香の文化の奥深さについて知り、改めて香の魅力に気づかされた旅だった。
1 店内の薬棚は江戸時代、享保年間に薬種業から始まったという山田松香木店のシンボル 2 店内には匂袋や線香などの品々が並び、香りを確かめながらみやげ選びができる 3 紫式部をイメージした紫色と青色の線香と香立てのセット・紫式部1430円 4 源氏物語匂袋紅葉賀(写真手前)、花宴(写真奥)各3300円。平安時代の男性貴族の日常着・直衣(のうし)をイメージ
やまだまつこうぼくてん きょうとほんてん
京都御所にほど近い場所にある香木の専門店
2750円
月に1回程度実施、15時~、所要約50分
※詳細はホームページのカレンダーで確認 ※開催日の前日までに電話で要予約(土・日曜、祝日は受付不可)※ほかに源氏香体験2750円、匂袋作り体験2200円なども開催
1 香老舗 松栄堂 京都本店の店内には線香や香炉などの香りの商品が豊富に揃う 2 パッケージも雅な線香・源氏かおり抄シリーズ。写真上から蜻蛉うたかた、匂宮貴公子、玉鬘えにし。各2200円 3 香老舗 松栄堂 京都本店には『源氏物語』にちなんだ香製品コーナーがある 4 薫習館のエントランスの明かりは立ち昇る線香の煙がモチーフ
手元のポンプを押すと香の原材料の香りを確かめることができる
天井から吊り下げられた3つの箱の中で、線香や練香、香木の香りに包まれる
今や貴重な白檀の大木にふれることができ、質感や香りを楽しめる
こうろうほ しょうえいどう きょうとほんてん/くんじゅうかん
香は、平安貴族たちの知性や感性の形であり、美意識や個性の表現だったいう。平安期の雅な香文化については、『源氏物語』など当時の文学にも描かれている。そこで物語を追体験できるようなお店を訪ねてみた。
最初に向かったのは、京阪七条駅のほど近く、鴨川が傍らを流れる川端通と、方広寺や豊国神社に向かう正面通の角に立つ甘春堂本店。慶応元年(1865)創業の和菓子店だ。京都らしい風情のある店構えで、思わず店頭で旅の記念写真を撮りたくなった。銘菓の源氏絵巻白寿焼は干菓子でできた「食べられる煎茶碗」で、国宝《源氏物語絵巻》の一場面が特殊製法で絵付けされている。お茶を注いでお茶碗として楽しんだ後に、パリパリッと割って、食べられるのも意外性があり、おみやげにも喜ばれそう。今回の日本の香の旅で学ぶこととなった源氏香図をモチーフにした和三盆の干菓子・源氏の調べもあり、旅の記念にと買い求めた。
京都市営地下鉄四条駅から歩いて6分ほどのところにあるブランジュリーMASH kyotoは、パリで修業した店主の増野正行さんが焼き上げるバゲットやブールが人気のパン店。京都の食材を使い、和菓子のように彩り美しい5種のパンは、『源氏物語』の登場人物をイメージしている。藤壺は京都の一保堂茶舗の抹茶と玉露粉を練り込んだ生地で、粒餡と白玉を包んだもの。夕顔は黄身餡のクリームパンで、西京味噌味のクッキーをトッピングしている。店の近くには夕顔町という地名もあり、物語に思いを馳せながら味わいたくなった。
『源氏物語』を味で体感する旅の最後は宇治十帖の舞台となった宇治へ。宇治市源氏物語ミュージアムの無料ゾーンにあるカフェ・雲上茶寮は平安時代の四季折々の庭園を旬の食材などで表現した季節ごとのパフェが味わえる。店内には『源氏物語』の場面をモチーフにしたポストカードやしおり、トランプなどのグッズが豊富に揃う。
そしてもう1軒、とにまる茶づな本店へ。京阪宇治駅に隣接した、お茶と宇治のまち歴史公園 茶づな内にある京飴の老舗・岩井製菓のお店だ。ここで見つけたのが『源氏物語』の登場人物にちなんだミニ缶入りの京の辰巳。ピンク色の「紫の上」はいちごミルク味、ブルーの「光源氏」はサイダー味など、女性スタッフが企画デザインした6種類の飴が揃う。食べた後の缶は小物入れにできるのもうれしい。
1 源氏絵巻白寿焼1個化粧箱入1950円(写真奥)と源氏の調べ1080円 2 川端通と正面通の角に立つ風情ある建物 3 方広寺の参道入口にあり、店内では名物の大仏餅なども販売
1 奥から時計回りに、若紫・光る君各370円、六条御息所・藤壺各320円、写真中央は夕顔320円 2 店内には源氏物語にゆかりのあるパンのほか、バゲットやサンドイッチなど、種類豊富に並ぶ 3 古民家をリノベーションした建物は古風ながらも現代的で京都らしいただずまい
京都
ぶらんじゅりーマッシュ キョウト
1 庭園パフェ-白桃の州浜1650円 2 写真上から源氏物語ポストカード1枚220円、源氏物語しおり6枚入り550円、源氏物語トランプ2200円 3 宇治市源氏物語ミュージアムの無料ゾーンにあるカフェ。庭を眺めながらくつろげる
宇治
うんじょうさりょう
京阪宇治駅から徒歩8分
京都府宇治市宇治東内45-26 宇治市源氏物語ミュージアム内
9〜17時(16時30分LO)
月曜(祝日の場合は翌平日)
宇治市源氏物語ミュージアムの駐車場を利用15台(有料)
カウンター席0席、2人掛け席5席
1 京の辰巳 缶入りキャンディ6種各650円 2 『源氏物語』京いろはサイダー味の光源氏(写真奥)、ブルーベリー味の紫式部。各216円 3 岩井製菓は京飴作り約50年という老舗。飴作り体験も行っている
宇治
とにまる ちゃづなほんてん